| 観光スポット |
施設紹介 |
写真 |
医王寺
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桃林山慈眼院医王寺は、平安時代の弘法大師の開基と伝えられる真言宗の寺院です。本尊は木造薬師如来立像で、県の重要文化財に指定されています。 |
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いろは丸展示館
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潮の香りと史跡を訪ねて、1867年鞆沖で沈んだ龍馬と海援隊の船、いろは丸の引き揚げ物、龍馬のかくれ部屋、沈没状況のジオラマ等を江戸期に建てられた太い梁など堂々たる建物、鞆の町では「大蔵」と呼ばれている蔵の中に展示しています。 |
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太田家住宅・鞆七卿落遺跡
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1863年8月23日、尊皇攘夷を主張する三条実美ら7人の公家は公武合体派に追われ長州に下る途中、鞆の浦に寄港。ここ旧「保命酒屋」に立ち寄りました。国重文に指定されています。 |
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ささやき橋伝説
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応神天皇の頃、百済よりの使節の接待役・武内臣和多利と官妓・江の浦は、役目を忘れ夜毎この橋で恋を語り合っていました。それが噂になり二人は海に沈められました。それから密語(ササヤキ)の橋と語りつがれています。 |
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鞆の浦歴史民俗資料館
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昔ながらの鯛漁法の模型やイカリづくりの鍛冶場、鞆の浦とゆかりが深い筝曲家、宮城道雄の愛用琴などの遺品を展示しています。 |
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沼名前神社
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この神社は「大綿津見命」を奉る渡守神社と「須佐之男命」を奉る祇園宮が一緒に奉られています。平安時代につくられた「延喜式」という法令にも記載されている古い神社です。 |
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備後安国寺
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鎌倉時代(1270年代)に創建され、後に南北朝時代足利尊氏により安国寺と改称されました。釈迦堂と堂内の木造阿弥陀三尊像・木造法燈国師坐像などは国重文に指定されています。 |
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福禅寺 対潮楼
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海岸山千手院福禅寺の本堂に隣接する対潮楼は、江戸時代の元禄年間(1690年頃)に創建された客殿で国の史跡に指定されています。座敷からの海の眺めは素晴らしく、1711年、朝鮮通信使の李邦彦は「日東第一形勝」と賞賛。1748年、洪景海は「対潮楼」の書を残しています。 |
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弁天島
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鞆の浦の沖に浮かぶ小島。弁財天がまつられています。 瀬戸内に初夏が訪れる5月の最終土曜日、はるか西の島々の間に夕日が沈む頃、弁天島の空に花火が打ち上げられます。 |
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むろの木歌碑
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万葉秀歌といわれるこの歌は、730年(天平2年)大伴旅人が大宰府の役人の任期を終えて鞆の浦によった時の歌です。727年(神亀4年)か728年(神亀5年)に任地に向かうとき、妻の大伴郎女と神木のむろの木に海路の安全などを祈ったと考えられます。728年(神亀5年)大宰府で最愛の妻を失った旅人の嘆きが伝わってきます。 |
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山中鹿之助首塚
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山中鹿之助は尼子十勇士の1人で、毛利の家臣に誘殺され、その首は鞆に持ち込まれたと伝えられています。首塚は静観寺にある。尼子氏が衰亡していく中、御家再興のため、鹿介が「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った逸話は講談などによりよく知られています。 |
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