福山駅から南へ14kmの海岸沿いに位置する鞆の浦。古くから潮待ち風待ちの港として万葉集にも詠われた名勝で、日本で最初に国立公園として指定された瀬戸内海国立公園のひとつです。晴天の波穏やかな瀬戸の海に仙酔島や弁天島が霞み浮かぶのどかな風景は心洗われます。江戸時代には北前港としても栄え、朝鮮通信使が度々寄港。真言宗福禅寺が迎賓の場所として使われました。本堂隣の「対潮楼」は元禄年間(1688〜1704)に建てられたもので、客殿として朝鮮からの賓客の宿舎として使われました。座敷からは海と島が一望でき、通信使の李邦彦が「日東第一景勝」と賞賛しました。国内外との交易で栄えた港で歴史に名高い旧跡や遺構も多く残されています。


瀬戸内海のほぼ中央、潮の流れの変わる地点に位置し、古くから港町として栄えた鞆の浦には江戸時代からの町並みが今も残ります。江戸時代より鞆の浦の名産として知られる薬味酒・保命酒の醸造元の母屋と蔵など計9棟が並ぶ太田家住宅は国の重要文化財に指定されています。幕末の政変時に三条実美ら7人の公卿が、長州に下る際に訪れ保命酒を称えたと言われ、鞆七卿落遺跡としても有名です。江戸時代の蔵を活用した「いろは丸展示館」には、鞆の浦沖で沈没した坂本竜馬の船「いろは丸」の一部を実寸の70%で復元した模型や引き上げ品を展示しています。
